性決定遺伝子の進化

sunsetえーそれでいいの?というぐらいデタラメに見える魚類性決定遺伝子の進化の背後にある統一原理を探る

ほとんどの生物種にはメスとオスが存在します。つまり性的な二型(sexual dimorphisms)の存在は、とても普遍性の高い現象であると言えるでしょう。ところが、その性的な二型を決定している遺伝子(すなわち性決定遺伝子)は、生物種によって違っています(図1)。例外は哺乳類と鳥類で、哺乳類はSryという共通の性決定遺伝子を持っており、鳥類も共通の性決定遺伝子(Dmrt1ではないかと予想されている)を持っています。哺乳類の性決定遺伝子の研究が極端に先行していたので、その性決定機構をモデル(他の生物にもあてはめる)とみなそうという人も多かったのですが、最近その考え方を考えなおすべきでは?という研究が次々と報告されるようになってきました(図1)。その中で最も重要なのは、おそらくメダカの近縁種群を対象とした一連の研究です。メダカの近縁種たちは数百から数千年前に分岐していますが、それぞれの種が別々の性決定遺伝子を持っているだろうということが明らかとなったのです。そして、それはメダカだけではなく、脊椎動物の大多数を占める変温動物に共通する現象である可能性が高まっています。

性決定遺伝子の進化が、「えーそれでいいの?というぐらいデタラメに見える」ことの一因は、性決定遺伝子の移り変わり(性決定遺伝子置換)を観察する目が巨視的すぎるからです。観察の時間軸が長すぎるのです。この一見デタラメに見える現象の背理を明らかにするためには、もっと微視的(短い時間軸)に見る必要があります。変化のはプロセスを細かく追うのです。これは進化学の王道のひとつですね。では、具体的にはどうすれば良いのでしょうか?答えは簡単です。「性決定遺伝子が置換された直後の種」や「性決定遺伝子が置換中の種」を研究対象とすべきなのです。(まあ、言うのは簡単で見つけるのが難しい。)

図2パターンAを見てください。すべての近縁種で性決定遺伝子が置換済みの生物群があるとします。メダカ類の場合はこれに近いですね。この生物群も近縁種分岐直後には性決定遺伝子を共有していたはずです(性決定遺伝子置換が種分化をもたらした場合は別)。そして、少し時間がたつと、ごく一部の種で性決定遺伝子が置換しはじめるはずです(図2パターンB)。もし、こういった種群が実在すれば、それは、性決定遺伝子の急速置換の背後にある法則を解明する絶好の機会を与えてくれるに違いありません。

ここでフグ近縁種群の登場です。トラフグは我が国における代表的な海面養殖魚のひとつですが(生産額で第3-4位)、全ゲノム解析が進んでいるという特徴を持つ海産魚です(図3)。このトラフグには交雑が可能な約20の近縁種が存在しますが、その分岐が極めて浅いということが知られています。例えば、トラフグとクサフグの遺伝距離は、東北で見つかるメダカと関西で見つかるメダカの遺伝距離より小さいのです。

われわれは2012年にトラフグの性決定遺伝子(実際はSNP)の同定に成功しています。その成果をもとにすれば、近縁種群の性決定遺伝子が図2のパターンAの状況なのかパターンBの状況なのかわかるはずです。形態の多様性は外見からわかりますが性決定遺伝子の多様性はわからないので、その隠された多様性を実験であばいでやる必要があります。現在、フグ近縁種群を網羅的に研究中です。性決定遺伝子進化を研究するうえで、フグ近縁種群が新たなモデル生物群となると期待しています(図4)。

もう少し詳しく知りたい人は、以下の総説を参考にしてください。・菊池潔 (2014) 移り変わる性決定遺伝子―魚類の性決定遺伝子同定からみえてきた風景―. 生物科学 65, 136-145. ・菊池潔,濱口哲 (2013) 魚類性決定遺伝子の多様性と進化.細胞工学 32, 164-169.